ロシア放浪記/Путешествие по Россииロシア・CIS諸国の滞在記、ロシア語学習にまつわる苦労など

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | - | posted by スポンサードリンク
ひょっぱけ 18:54
2006年2月
ひょっぱけ

「それは駄目だ。それはいけないよ」後藤に言われた。
「だって、それは困りますよ。そうすると、あれもまた微妙になるじゃないですか」
僕はそう答えたが、正直自信がなかった。もしかすると、後藤の方が正しいのかもしれない。やっぱり僕が正しいのかもしれないが。万年布団にもぐりこんだまま、後藤との押し問答が続いていく。いや、続けられていく。誰に?僕はてっきり作者にだと思っていた。つまり、羽鳥佑一郎という人間だ。だが、話はどうもそれほど単純ではないらしい。作者と僕との間には、物語の書き手という架空の人物が想定されるらしい。その架空の人物は作者自身ではないそうだ。ふ〜ん。架空の人物は作者ではないから、作者が何を考えて物語を作ったかを分析することには意味がないらしい。物語を読み解くには、架空の人物が何を考えているかを解析する必要がある。幽霊じゃないんだから、どうやって?
六畳一間、ロフト付きの木造二階建てのアパートに、僕は住んでいる。電話(ケイタイ)を切り、要領を得なかった後藤さんとの問答はさっぱり忘れ、もう一眠りすることにした。ところで、家賃は一月6万5000円。JR中野駅から徒歩10分のところにある。立地は、悪くない。
「いや、どうも架空の人物とは、まわりまわって読者のことらしいぞ」
午睡のあまい時間が、佐藤君の電話に侵食された。
「ああ。なにが?」
「いや、どうも架空の人物ってやつは、結局読者のことらしい」
羽鳥佑一郎は、奥日光に泊まりこみで旅館のアルバイトをした際に、早稲田の一文で文学理論を研究している青年にこの話を吹き込まれたらしいが、僕はそれを佐藤君経由で知ることになった。
「架空の作者は読者の自己投影に過ぎず、架空の作者が考えたこと、つまり物語を分析することは、自分自身を分析することになるという話だ」
佐藤君にしては要領を得た説明だが、彼自身の理解が70パーセントくらいであることがうかがえる。抽象的、大仰な言葉をならべて、解釈の幅を残す説明だ。まあいい。昼飯食って、バイトに行こう。もう四時だが、それもまあいい。まだ昼飯だ。
中野駅から中央線で新宿にでて、山手線に乗り換えて渋谷へ、そこで今度は田園都市線に乗る。溝の口駅から、バスで20分。ようやく目的地に到着する。最寄駅からバスに乗るという感覚自体、僕の中にはなかったことだ。アルバイト先は運送会社の配送センター。夜7時から朝7時までの12時間勤務で、日給はおよそ11000円。バイトとしてはまあまあの稼ぎに見えるが、交通費が自分持ちというトリックが隠されている。バス代だけで往復400円だ。電車代を入れたら交通費だけで千円を越える。愚痴をいっても一文の得になるわけでもない。さあ、働こう。大型トラックのケツに包囲された、ベルトコンベアーだらけの配送センターにアルバイト人員が集合し、仕事を振り分けられる。今日は「荷下ろし」をやるらしい。トラックから荷物を降ろして、荷物管理のバーコードを読み取り、ベルトコンベアーに乗せる仕事だ。流れていく荷物は、配送地域ごとに仕分けされ、別のトラックに積み込まれていく。コンビニなどに預けた荷物は、地方(関東、東北など)→府県都→地区(区、市町村)→もう少し小さな行政区→届け先といった感じで、3−4回のブレークダウンを経て、お手元に届けられるようだ、加藤さんの話によれば。

「伊藤くん、いや、伊東くん」
「いえ、伊藤ですよ」
「ああ、そうだっけ?」
「はい」
休憩時間に、社員の加藤さんに声をかけられる。
「あのさ、明日わるいんだけど渋谷の配送センターにヘルプに行ってくれない?」
「ええ、いいですよ」
「わるいね、ありがとう、伊東くん」

加藤さんはすぐ人の名前を間違える。いい人なのだけど。
12時間のハードワークをこなし、溝の口駅前の牛丼チェーン店で豚丼を食べる。朝の通勤ラッシュですし詰め状態の田園都市線の20分を耐え抜けば、渋谷から新宿までの山手線など密集度が薄すぎて気持ち悪い。しかしこの荷分けのアルバイトも、それなりに勉強になることはあるとはいえ、長期でやり続ける人の考えがよくわからない。ベルトコンベアーに載って流れてくる荷物を、休憩のベルがなるまで延々とさばき続けなければならない。流れてくる以上、その全てをさばく責任があるわけで、自分の意志では一息つくことすらできない。2−3時間に一度、配送センター内に管理室から休憩を知らせるアナウンスが流れる。鉄の管理体制。官僚的で牢獄チックなシステムが、日本の物流を支えている。フリーターであり、自由人を自任する人たちが、あえてこの仕事を選ぶ理由は見えてこないが。書類の仕分けをすると、企業間の交流の一端が見えて面白いが、それだけ選らんでやれるわけでもないしなあ。明日は二週間のアルバイト契約満了日だ。次はどんな仕事を試してみるかな。

沸騰したヘドロが、うねりながら天に吹き上がる。大気圏をつきぬけ、永遠に宇宙を彷徨うものもあれば、力尽きてまっさかさまに、ヘドロの雨がどしゃぶる。ヘドロは街を徘徊し、自動販売機のコーヒーや、コンビニで売っている漫画雑誌のインクに染み込む。山芋をすりおろしたのにダシを加えたようなぬめりは時に心地よく、伊藤もそいつが体内で蠕動する感触を、万年布団の中で週に5−6度は愉しんでいる。飲食目的で使われることが多くなり、ヘドロではあまりに露骨というので、最近ではそれを「ひょっぱけ」と呼ぶようになった。昨日の晩にニュースでみたが、沸騰したヘドロは年々増えているらしい。ここ最近それが顕著なようだ。政府や産業界は、こいつを石油みたいな燃料として使えないものか、それぞれ調査に乗り出したようだ。

ところで、最近の俺がどんな生活をしているのか、ここで一つ紹介しておくべきかもしれない。基本的には伊藤と同じで、アルバイトをしたり、家で寝ている生活が続いている。四月に就職することになっていて、気持ちの上ではその準備をしたりもしている。たまに日記をつけているので、それを抜粋しながら、俺の自己紹介をしよう。

12月29日
極東大学の学食でナースチャと昼食をともにする。彼女が講義をしている間、図書館で中国語の勉強をしながら待つ。講義後、バスに乗って家にかえる。彼女の家で夕飯をご馳走になった。ナースチャによると、サンクトペテルブルグ大学東洋学部に入学したプーチン大統領の娘が、日本語を専攻に選んだらしい。遠い将来、大使として赴任することもあるかもしれないな。しかし、在学中のセキュリティー問題はどうするのだろう。東洋学部は川沿いの開けたところにある。狙撃でもなんでもされ易い立地条件だ。

 1月4日
11時にナースチャの家へ遊びに行く。パンの生地を買い、トマト、たまねぎ、ピーマン、ソーセージ、チーズを乗せてオーブンで焼き、ピザを作る(俺はナースチャの手伝い)。うまかったなー。

1月9日
 ウラジオストック−富山を結ぶフェリー定期便にのり、ロシアを後にする。三ヶ月間のウラジオストック滞在も終わった。ナースチャと別れるのはつらいが、彼女がバカンスをもらえる夏に一ヶ月ほど東京に呼ぼうと考えている。

1月13日
新宿の不動産代理店で部屋を探す。町田の二駅くらい手前にそれなりの物件があったが、即断はさけた。やくざな代理店だったので、任せる気になれなかったのと、いかんせん東京駅から遠すぎる。小田急線の急行はとまるが、それでも東京にでるまでに全部ふくめて一時間半はかかる。

1月14日
大手不動産代理店の錦糸町支店に行き、錦糸町−住吉ラインで新居を探す。しかし、初期費用25万円の枠に収まる物件がなく、若干千葉よりで探す。新小岩に丁度いい物件があり、見学して即決。保険会社と大家の審査を通れば契約が正式に成立する。

そんなわけで、いま俺は新小岩のアパートに住んでいる。補足的なことを言えば、ナースチャというのは、俺がいま付き合っているウラジオストック出身の女性。日ロ学生の交流プログラムで、彼女が日本を訪れた際に知り合った。この日記を書いた夏にウラジオストックに遊びに行ったのをきっかけに付き合うようになった。俺は大学でロシア語を勉強していて、ロシアにも頻繁に遊びに行っていた。日記の年の10月から、翌年(つまりは今現在)の1月まで、ロシアの旅行代理店でアルバイトをしながら、ウラジオストックに滞在していた。
伊藤の話に戻ろう。

「多分あいつはさ、高橋君の話に感化されて、作者と文中の語り手問題で何か実験的なことがやりたいんだよ」
「あー、そうかもな」
今度は深夜にかかってきた後藤の電話をとった僕は、いつもの生返事を返した。
「だけどあいつ自身がいまいち分かっていないからさ、中途半端な展開になっているじゃない?大体、そんな試み30年も前からやっているらしいし、漫画でもしょっちゅう見かけるだろっての」
後藤は激高しているのか、深夜特有のナチュラルハイ状態なのか、一気呵成にがなりたてる。
「大体俺はなに?トリックスター的な役割を今後になっていくわけかい?やるならもっとヒョウタンツギくらいはっきりさせてくれよ」
「うん。どうだろうな、それはお前がいつ飽きられるかにもよるし、やっぱり作品の中で変遷を辿るものなんじゃないのかな」
「そんなものお前、羽鳥の趣味的なこの端書程度の世界で、どこに変われる要素があるんだよ」
「それは、おまえがどうしたいか、何ができるかってところをうまくアピールしていくしかないんじゃないのか?」
「就職の面接じゃないんだぞ」
らちの明かない話を終え、ケイタイの電源を切って、牛乳を飲んで寝た。明日は朝からその面接が待っている。

 最近では俺も、ブームに乗ってひょっぱけを愛飲するようになった。マンガ喫茶にいけば、一時間380円で、ひょっぱけも飲み放題。区営図書館でもひょっぱけを見かけるようになった。口当たりはいいのだが、胃に重い。今度入社する会社から支給されている日経新聞の夕刊コラムに載っていたが、こいつにはタバコ程度の依存性があるようだ。今日はバイトが入っていない。軽く一杯コーヒーと割って飲んでから、パソコンに向かって「ひょっぱけ」の続きでも書こう。後藤をどうしようか。俺の存在は何なのか。いきあたりばったりで書き始めただけに、どこへ進んでいくことやら。これを村上春樹が書いたとすれば、もう本人の意図とは関係なく、分析され、文学理論史に乗っけた批判や解釈を下されるのだがな。

「僕はつまり、ここでこうやってセリフを独りごちている他にはどこにも存在しないということか。運送会社でアルバイトをやっているという設定と、後藤とのくだらない会話の記録の発信者という表象でしかないということか。『アルバイトの面接はどうだったのかな』なんて心配してくれたり、どんなアルバイトを選んだのかなんて予想してみたところで、結果を書かない限り(いや、書いたとしても)、事実は伝わらない。読者にとっては事実なんてない。書いてあることと、その史料に対する読み手の解釈があるだけ」
独り言かもしれないし、心の中で考えていることかもしれない僕の自己対話は続く。
「それって、僕と世界の対峙に似ているな。僕が見ているものだけが、世界だって可能性もある。例えば後藤に、僕と同じように途切れの無い人生があるかなんて分からない。僕と会っている時にだけ、ひょっこり姿を現すだけの存在かもしれない。ブラジルとかも、無いかもしれないな、本当は。テレビとか写真で見ているから、ブラジルのイメージがあるだけで。」
「じゃあ僕は、世界にたった一人で対峙する存在なんだ。そして、世界を構成するんだ。読者が文字の羅列と対峙して、好き勝手に世界を創造するのと同じで。「我思う・・・」ってこういう意味だったのかな?」

「ふ〜ん」
 ひょっぱけを煮溶かした紅茶を飲みながら、俺は一息ついた。伊藤はもう少ししゃべりたそうだけど、俺は図書館に行かなくてはならない。借り出した本と落語のCDの返却期限が今日だし、夜には男子校だった高校時代からの友人と錦糸町で飲むことになっているので、惜しいがもう家をでなければならない時間だ。友人は実家から自転車で15分くらいのところにすんでいて、よく夜中、近所の公園で缶ビールを飲んでいた仲だ。一年間の浪人生活を経て公認会計士の資格をとり、5月には結婚をする。着実により重い責任を引き受けていく方向に歩む姿は、傍目に見てもかっこいい。公立図書館を寒さ・暑さを避ける場所くらいにしか思っていないおじさんたちに混じって、平日の昼間から読書に身を沈める人生も悪くはないが。しかし、図書館というやつはありがたい。俺が利用する江戸川区の図書館は四階建てで、広く浅く大抵のジャンルがカバーされている。特に美術関連の大型本が系統立ててまとまった量おいてあるのがいい。ダリの脳内世界にしばらくおじゃましてみたいものだ。『ジョジョの大冒険』の荒木飛呂彦とダリのコラボレーション、ダリの幻想世界に迷い込むジョジョたち、みたいなCG映画を観てみたい。イコンは写真を見てもすごみが伝わってこない。ルネッサンス以前の宗教画は結構好きだ。江戸時代の狂い絵なんてものも初めて見たが、面白いものだ。タヌキが金玉袋を広げて傘にしているよ。おっちゃんたちに混じってスポーツ新聞を手にとって見ると、冬季オリンピックでの日本人選手の動向やら憶測やら野次やら非難やら賞賛やらに混じって、ひょっぱけが日本経済にあたえる影響についての記事が載っていた。「ひょっぱけ倒産!? 清涼飲料水メーカーが軒並み売り上げ大幅減 ひょっぱけブームで飲料水離れか」。ひょっぱけはただだから、わざわざジュースなんて買わないだろうな。ベッドにねっころがって口を開けていれば、天井からポタリと落ちてくるという気軽さもいい。記事によれば、清涼飲料水メーカーだけでなく、製菓、製薬会社もこのひょっぱけをとりこんだ製品の開発に取り組んでいるとのことだ。おっ、そろそろ行くかな、待ち合わせに遅れてしまう。

 交通量調査のバイトは以外に人気で空きがなく、ティッシュ配りはあまりにも退屈そうだ。迷った末に、土日の二日間にアンケート調査のアルバイトを入れた。CMと雑誌・新聞広告の満足度を聞いて回るのだが、丁目レベルで限定された地区の限定された年齢層、性別の人に記入をお願いしなくてはならない。
 インターフォンを鳴らし
「新宿区の住民を対象に世論調査を行っているものですが、図書券1000円分を謝礼として進呈差し上げているのですが、ご協力お願いできないでしょうか?」
「何の調査ですか?」
こうやって人間らしく扱ってくれればまだいいや。
「雑誌などの広告を見ていただいて、センスの良し悪しやインパクトを、五段階評価していただくだけのものです」
「うーん。ちょっと時間がないので、いいです」
粘ってみるが、だめだった。隣の部屋のインターフォンを鳴らす
「新宿区の住民を対象に世論調査を行っているものですが・・・」
「留守を預かっているもので、私には分かりかねますので」
 部屋の持ち主が不在で、留守を預かっているという人間にもう10人から出くわした。うまい言い訳だ。つけいる隙が見出せない。
 14枚構成のアンケート用紙、雑誌広告が入ったクリアファイル、テレビコマーシャルを観てもらうための携帯用DVDプレーヤー。ひと荷物抱えて、雪の中を歩き回る。朝からまだ2件からアンケートをもらっただけだ。同じバイトに入った後藤君に電話してコツを伝授してもらおう。
「もしもし、後藤?」
「はい」
「僕だけど、伊藤だけどさ。どう?いくつくらい貰った?」
「5つ貰ったよ」
「本当?すごいな、俺なんかだめだよ。みんな警戒心丸出しでさ。セールスか勧誘かと疑われるよ」
「伊藤さ、頭使わないと。普通に考えて、家に知らない人が来て、アンケート記入してくださいなんて言われても扉開けないだろ」
「そうだけどさ。僕も商店街を回って、床屋とか家具屋とか、お願いしたよ。一軒だけやってくれたけど。車のディーラーの親父さんがいい人でさ。だけど他は全部、間に合ってますとか、うちはいいですよなんか言われて追い返されてしまったよ」
「それはそうだろ、忙しいんだからさ。もっとさ、ニュートラルで暇な人が集まるところでやらなきゃ。それでいて、地元の人間しか使わないところ。俺は図書館で結構稼いだぜ。外まわるのもダルイじゃん。雪降っているんだし」
「それはいいアイデアかもしれないな。駅前でお願いするなんてのはどうだろう?」
「それは試していないから分からないな。やってみれば?」

 ついいましがた、太陽がひょっぱけに覆われた。地中から噴射して大気圏に飛び出したひょっぱけの一滴が太陽に漂着し、限りなく薄く張り伸ばされて地表を覆ってしまったということだ。天照大神が岩間に隠れた後のように、地球は真っ暗になり、ソーラー電池の時計は時を刻むのをやめた。錦糸町で朝まで飲んでいた俺にとっては、それはむしろ都合がいいことだった。無遠慮な太陽の光を気にすることなく、ゆっくり眠ることができる。多分、多くの人が同じ気持ちでいるはずだ。誇らしげに、屈託なく、どこからともなく、許可もなく、あたため、曝していく。そんなものはひょっぱけに覆われて当然だろう。夜まで寝て、飯食って映画観て、シャワーを浴びて寝て起きてみると、ひょっぱけは既に剥がれ落ちていた。昔は、学生だった頃までかな、太陽も嫌いではなかった。ぽかぽかと気持ちのいいものだった。今はそうでもない。段々とうっとうしく思うようになった。特にあの押し付けがましいところにうんざりするようになった。とはいえ真っ暗でもやっぱり困る。微妙なところだが、沖縄の黒糖をなめながらコーヒーを飲み、伊藤の今後について思いをはせているとき、突然解決策が思い浮かんだ。カーテンが薄いから太陽の光が差しこんで困るのだ。ひょっぱけを窓に塗ればいいじゃないか。なにも太陽がひょっぱけで覆われる必要はないのだ。さっそく蛇口を捻り、100円ショップで買った小鍋によそり、しゃもじを使って窓に塗りたくる。暗いと思ったら窓を開ければいい。なんでこんな簡単な解決策が思い浮かばなかったのだろう。
 適度な暗さに調節した部屋で、パソコンを開いて音楽を流す。もう大分前にウオッカの飲みすぎで死んだソビエト時代の歌手であり、舞台・映画俳優であったウラジミール・ヴィソツキーのしわがれた、しかし独特の力と意志がこもった歌声が、自らかき鳴らすギターの旋律を破壊しつつ響き渡る。歌声というと失礼かもしれない。音へと昇華されたふりしぼられた意志のようなものだ。ヴィソツキーはロシア国民の英雄だ。タクシーやバスに乗るとよく彼の歌が流れている。ナースチャの家には彼の卓上サイズの胸像が置いてあった。ナースチャの父親は船乗りだが、船上でも頻繁にながれているのかもしれない。

 「最終的に何票あつめた?」
二日間のアルバイトを終え、ハンバーガー屋で打ち上げをかねて後藤と飯を食った。
 「11票だけど。伊藤は?」
 「僕は7票」
 「12票が努力目標とは言っていたけれど、7票集めれば給料分くらいは還元できているんじゃないの?」
 「そうかな」
 「大体さ、打った広告を評価するのに、商品の売り上げ以外のところも指標するくらいだから、よっぽど金が余っているんだろ。調査会社にだって随分払っているんじゃないのか?」
 「それにしては汚い事務所だったけど」
 「うん。そういわれれば」
 ハンバーガーをほうばって、興味なさそうに後藤は相槌を打った。後藤は絶対にポテトを頼まない。ポテトが嫌いなわけではなさそうだが(居酒屋などでポテトが出てきたときにはむしろ好んで手を出している)、ハンバーガーショップでポテトをオーダーすることはない。理由は単純に高いからだ。ハンバーガーを安く売るために、そのコストをポテトに上乗せしているのだと彼はいう。購買者にとってこんなに割りの悪いものが買えるか、と断じる。細かいことによく気がつくが、自分が経済構造の中で割りを食っているフリーターでいることには無頓着である。待遇面で割を食っていることに対して意識的であるようだが、それに代えられない何か居心地の良さを感じている節がある。
 「伊藤さ、ちょっと小耳に挟んだのだけど、自分の存在について色々面白い考えがあるらしいじゃない?聞かせてよ」
 「ん?」
 「だからさ、読み手と作品の関係とか、お前と世界の対峙とかの話で」
 「それのこと。まだまとまってはいないんだけど、単純にいえば、世界は僕が認識して構成したものってことだと思うんだ。僕たちが駅で別れた後に、後藤が丸の内線に乗り新宿で総武線に乗り換えるかどうか、本当のことは分からない。僕の認識の及ばないところにも世界が存在するという仮定は、信仰みたいなものだと思う。僕たちが駅で別れた後、後藤はいなくなっているかもしれない。文字という表象から僕らのことを想像している人たちにとって、文字に反映されていない僕らの生が単なる想像に過ぎないように、僕の目の届かないところにいる後藤は、生の営みを行っているかどうかすら、確かめようがない想像の産物に過ぎないんだよ」
 「世界にはお前一人しかいないという懐疑に、常にさいなやまされ続けるということか。傲慢な考えだな。それじゃあ聞くけど、お前がいないところで消滅する世界を作ったのは誰だよ?神か?」
 「さあ。だけどどんな可能性だってあるさ。僕は巨大な実験装置の中に生きるマウスなのかもしれない。別にそんなこと本気で思っているわけではないよ。僕は無神論者だから、単に別の可能性を提示しただけさ」
 「伊藤、件の文学理論を丸のみすれば、お前は羽鳥が酔っ払った勢いで打ち込まれた文字の合間にその輪郭が浮かび上がるだけの、読者の妄想の産物なんだぜ。どうしたらそんな考えが浮かぶんだよ」
 「だからさ、僕にとっての読者と、読者にとっての僕たちや世界は同じ妄想に過ぎないんだよ。僕自身が文字という史料を、想像力という媒体を通して浮かび上がった存在だとしても、その関係は崩れない。羽鳥だって、彼は僕らを創ったつもりで満足しているよ。少なくとも自分が打ちこんだ文字の羅列くらいは、自分が支配したとたかを括っている。けど分からないよ。僕たちの存在と世界について、彼には確信をもつことはできない。だから僕らはみな、イーブンな関係ってことになる」
 「叛乱だ」
 「だめだよ、ドストエフスキーをぱくっても」


 まずいな。俺はパソコンを打つ手を止め、ひょっぱけアイス(粘り気があり、ジェラートの食感。税込みで156円)を冷凍庫から取り出した。んん。コーヒーを入れるため、鍋に火をかける。新聞を引き寄せ、スポーツ欄を開く。冬季オリンピックはよくわからない。はやくサッカーのワールドカップが始まればいい。それまでにはテレビも買おう。ジャージに着替え、荒川の土手を走る。この間半年振りにサッカーをしたら、ひざは笑い、足はもつれと散々だった。
〈了〉

問題:伊藤はひょっぱけを飲んだことがあるでしょうか?
| ロシア語 | comments(4) | trackbacks(206) | posted by ハトリ
帰国 13:25
帰国しました!
| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(0) | trackbacks(14) | posted by ハトリ
ウオッカ飲み過ぎて、路上で寝ちまった時にみた夢 09:03
 零下18度のなか、道端で5ルーブルの綿棒と6ルーブルのトランプを売っている男を、10ルーブルの揚げパンをほおばって、13ルーブルのビールを片手に、寒さとアルコールで顔を真っ赤にしながら気の毒そうに横目でみやって、7ルーブルの乗車賃を払って零下5度のバスのなか、40分渋滞に揺られる。そいつは2000ドルほど稼いで、月謝400ドルの部屋を借り、7000ドルくらいの車を買って、25ルーブルのホットドックと40ルーブルの外国産ビールを飲み、たまには1キロ200ルーブルの肉で精をつけ、一時間1500ルーブルの女を抱き、一本95ルーブルのウオッカを浴びて意識を失いたいと夢みているのかもしれない。しかし、やつは20000ドルのメルセデスと4000ルーブルのレストランでのディナーを日課としなくては気が済まず、高級娼婦とストリップ嬢に500ドルずつ散財するのに飽きると、3000ドルのワインを浴び、1500ルーブルのアヒルの皮を偏愛するようになり、10000ドルをカジノで遊び尽くすころには、ドルとルーブルの区別がつかなくなり、3−4000000ユーロでサッカーチームを買い、毎年数十万ユーロを代わりに使ってもらうという風になる。それでも使い切れない分は会社を買ったり、土地を買ったりで減らそうと頑張るが、逆に増えたりして弱りはて、しかたなく国を買って軍隊を育て、宇宙にいってみたり、戦争をしてみたり、それでもなくならないのでさっさと新しい金を作り、いままでのやつは紙くずの無一文になったので、中国にいって5元で綿棒を10箱と6から12までしかないトランプを5箱買ってきて、道端で売って、4ルーブル50カペイカの黒パンを食べて生活したらしい。

| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(10) | trackbacks(5) | posted by ハトリ
ロシア結婚式 13:44
 スベータが結婚した。どのスベータかって?名前のバリエーションが少なく、しばしば名前が被ってしまうロシア人を区別するのによくするように、特徴−外見や職業、出身地など−を枕詞とし、「猫のスベータ」と呼ばれている、あのスベータがである。猫っぽい顔をしているという小学生のがきの論理だが、彼女を知るものにそう言えば、皆がすぐにそれと分かる、的を射たあだ名である。
 派手な結婚式はのぞまないという新郎新婦ののぞみもあり、式は以下のようにすすんだ。まず「ザークス/ЗАГС」と呼ばれる、出生、結婚、離婚を登記する役所に婚約者の両名が姿をあらわす。役所内に結婚登録を行う20畳くらいの広場があり、奥の方に婚姻届けを乗せた小さなテーブルがおかれ、その向こうに笑顔をたたえた中年の女性が、おだやかにかつ厳粛に式を執り行う。親類、友人たちの見守るなか、晴れ着を身にまとった婚約者たちは、司会の進行にそって愛を誓い、自由意志に基づく結婚であることを宣誓し、一歩進んでテーブル上におかれた書類にサインをし、指輪を交換し、晴れて法的な婚姻関係を認められ、夫婦であることを宣言される。新郎の脇には4歳くらいの女の子が立ち、式に花をそえる。新婦の脇には立会人が立ち、必要なときにブーケを預かったり、指輪の交換を終えた二人にシャンパンのグラスを渡したりと雑用をこなす。僕は式に出席する友人から間接的に招待されただけの「招かれざる客」であったが、もちまえの厚かましさで冷やかすつもりで会場にはいると、日本人でものめずらしいからという理由からか、立会人に仕立て上げられてしまった。おかげでウエディングドレスをまとった猫のスベータをちかくでゆっくり観ることができた。「ザークス」はウラジオストックでは区にあたる「ライオーン/район」毎にあり、市内に五つか六つあるはずだが、彼らが式をあげた「ザークス」はなかなか気がきいていて、式が終了後、すぐに二階にあげられ、シャンパンを開け、リラックスした雰囲気のなか、新郎新婦ともについいましがた撮影したばかりの式の様子を大画面のテレビで楽しめるようになっている。
 一息ついたところで、新郎新婦は運転手つきの、一目で結婚式の最中と分かるデコレーションをほどこされた車に乗り込み、写真館に記念撮影をしに向かう。その後、親類、友人たちの待つレストランへ。祝賀会は15時過ぎから、友人たちから寄せられる乾杯の辞と贈り物、ご両親からの祝福、音楽とダンス、ウオッカとワイン、満腹と抱腹、恍惚と昂揚の境目にすべてが渦となり、実存が式自体へと働きかけ幾度目かの弁証法的綜合の後、ついに世界の一体を悟るに至るその刹那、散会が支配人によって告げられる19時まで続いたのだった。

 新郎新婦は翌日から、モスクワ、ソチ(黒海沿岸のリゾート地)、ペテルブルグで二週間を過ごす旅行に出かける。俺は雪道に一張羅のスーツのズボンを濡らしながら、キオスクで15ルーブルのビールを二本買い、人気の無いアパートに戻る。そして僕は背広を脱ぎすて、どっかと座り、『ドカベン』を手にとる。岩鬼正美に言わせればこうなる「急いでけえるにゃ〜、あまりにも美しい、お月さんだぜ」ゴオオ〜〜ン。鐘が一つ、鳴った。雪に映える月光が、夜空を濃紺に染めたのか。
| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(6) | trackbacks(13) | posted by ハトリ
勝檻魁.汽鵐瀬襪畔顕修琉磴 00:18
 文化の違い、だったのだろうか。
 10月の終わり、ウラジオストックには冬の足音がきこえ始めていた。先週末には突如の初雪。猛烈にふぶき、坂の多い市内ではチェーンなどまだ巻いていない車が、あちこちで身動きが取れなくなり、大渋滞をおこした。ウラジオストックの交通機関は麻痺状態におちいった。普段は三十分ほどでつく場所まで、三時間もかかってようやくたどり着くというありさまだった。アパートではセントラルヒーティングが稼動し、人々は分厚いコートをはおり、耳まで隠れる帽子をかぶってマフラーで顔の半分を隠し、寒さから逃げるように早足で歩くようになった。
 そんな日々に訪れた気持ちのいい土曜の昼下がり、僕は友人と待ち合わせをしていた。この日は朝から太陽が澄んだ空気をつきぬけて地表を照らし、気温はせいぜい3〜4℃といったところ。浮かれた気分でアパートを飛び出し、バス停の近くで友人に迎えられる。10メートルほどの距離を、お互い満面の笑みで縮めていく。と、そのとき、視線を一瞬下にむけた彼女の笑みが、凍りつき、恐怖とすらみてとれる影が、瞳に暗く翳をさした。
 はじめに説明するべきだったが、この前日に僕は一足しかない運動靴を洗濯していた。ぬれたままの靴を履くわけにもいかず、玄関で数瞬の逡巡ののち、この日の僕のいでたちは、冬物のジャケットに薄手のコート、足元はビーチサンダルと決定されたのだった。
 「気が狂ったの?」
 悲鳴ともつかないトーンで彼女は僕を問いただす。事情を説明すると、自分の靴を脱いで履いてみるようにいう。彼女の家はすぐそこだったので、サイズがあえば余った靴をはかせるつもりだったのだろう。そんなに寒くもないし大丈夫だから行こうと、ほとんどなだめ聞かせるように言う僕に、彼女は「どこにもいかない」と頑なに答える。そして、顔をおおって泣き始めた。それはまさに慟哭というしかないものだった。哀れみと、ロシアでは受け入れられない振る舞いへの恥ずかしさ、僕が体を壊してしまうことへの怖れなどが入り混じった感情が涙を流させたのだと思う。
 僕のほうは、多少はそのことに感づきながらも、救いようのない無神経さから不覚にもこみ上げる笑いを堪え切れなかった。慟哭する彼女に、笑いながら、靴を買いに行こうと妥協策を提案する。そんなわけの分からない光景は、「文化の違い」がときに創りだすコメディの一幕にみえた。
| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(0) | trackbacks(37) | posted by ハトリ
ロシア滞在歴 23:50
機。横娃娃闇8月;イルクーツク、モスクワ、ペテルブルグ、ウクライナ(キエフ、リボフ)

供。横娃娃映5月〜2002年3月;サンクトペテルブルグ

掘。横娃娃廓2月〜3月;ハバロフスク、ウラジオストック

検。横娃娃廓8月;ハバロフスク、ウラジオストック、ナホトカ、ヴォストーチニィ・ポールト

后。横娃娃廓9月〜11月;ウズベキスタン(タシュケント)、キルギス(ビシュケク) 

此。横娃娃看1月〜3月;キルギス(ビシュケク)、タジキスタン(ドゥシャンベ)

察。横娃娃看5月〜8月;キルギス(ビシュケク、オシュ)

次。横娃娃看9月〜12月;キルギス(ビシュケク、オシュ、ジャララバード、バトケン)

宗。横娃娃鞠7月〜8月;ウラジオストック、ハバロフスク、ペテルブルグ、ケミ、ソロベツキー群島、ペテルブルグ、モスクワ

勝。横娃娃鞠10月〜 :ウラジオストック
| - | comments(2) | trackbacks(0) | posted by ハトリ
勝檻押.Ε薀献ストック着港 23:44
 ウラジオストックは言わずと知れた港町である。富山から出港した船も、普段なら市のどまんなかに着港する。ただ、今回はイギリスだかノルウエーだかに帰属する豪華大型客船が寄港しており、我々を乗せたちんけなルーシ号が分け入る隙が残されていなかった。そんなわけで、ルーシ号の乗客たちは大型客船がのくのを待つか(午前9時には金角湾内に入っていたが、客船が離港するのは夜の8時近く)、小型船で順番に陸に向かうかの選択を迫られることになる。しかも小型船に乗るものからは、100ルーブルの揚げ賃が徴収されるという。日本円にして400円か、半日近く待つかの選択となり、僕は迷わず前者をとった。結果として、乗客のほとんどがいち早い上陸を望み、列をなしている中、数名の僕をふくめた外国人客が優先して小型船に乗せられ、しかも運賃もとられなかったことは、一応注釈しておくべきであろう。
 ウラジオストックでは、ナースチャが僕を出迎えてくれた。今回は長期滞在予定なので、ナースチャに事前に不動産業者にも話しをつけておいてもらい、その日の内に入居できる運びとなった。アパートを見つけるまでの間、一泊50ドル近くも払い続けるとしたら、それが一週間だとしても大した出費になる。その意味で、今回はナースチャの好意にずいぶんと助けられた。
 熱い、しかしあまりきれいとは言えないシャワーを浴び、冷やすとまずいロシアン・ビールを飲みつつ、旅の疲れを癒すのだった。

ルース号
 
| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(0) | trackbacks(21) | posted by ハトリ
勝檻院.Ε薀献ストックへの船 23:43
 甲板では、すこし退屈そうに虚ろな目を投げやりながら、ロシア人乗客たちがなんとはなしに煙草をふかしている。ターミナルでは、見送りの友人や家族たちが、もう早く出港してくれないかと思いながら、冗長な世間話に身を任せている。ウラジオストックへの客船が発着する富山県高岡市の伏木港では、そんなありふれた日常が展開されていた。そこへもう一つ、ありきたりだが欠かせないスパイスが加わることになる。そう、乗船時間ぎりぎりに駆け込む男、だ。今回は、名誉あるその役を僕が演じることになった。
大きな荷物を両手に抱え、息を切らして甲板の乗客、ターミナルの見送り客らの視線を一身に集め、狭い階段を駆け上がって船内に飛び込んだ。船まで上がってしまえばしめたものだ。最悪二日間どこかに紛れ込んでしまえばいいのだから。「密航」の可能性についても検討しつつ、スタッフに乗船手続きの受付まで案内してもらう。
 船にしろ、飛行機にしろ、国際線においては乗船した時点で日本の領域を出たことになる。船の上はもうロシアなのだ。パスポートコントロール、税関審査などの出国手続きを済ませなくてはならないのだ。出港時間のかなり前―18時発のところを14時までに−には出国手続きを済ませ、船内で待機していなくてはならないと決められている。ところが僕はうかつにも、出港の1−2時間前に行けば十分だろうと勝手に決めつけていた。正午前には新潟からバスで富山駅前に到着し、お土産や荷物につける錠を買って時間をつぶしていた。日本最後の食事と吉野家ですきやき定食を食べ、満足げに富山駅から伏木港に向かう電車に乗ったのは、すでに14時30分過ぎであった。電車の中で、船のチケット購入を依頼した旅行代理店からもらった乗船に関する注意事項を取りだし、一読してみて仰天した。出国手続きは出港日の14時までと書いてあるではないか、ご丁寧に時間厳守との但し書きさえある。高岡駅でローカル線に乗り換え、一向に発車しない2両組みの車両のなかで、どうやって乗船しようか、乗船できなかった場合どうすればいいのかを考える。二時間の遅れにもかかわらず船に乗り込むには、「泣き落とし」、「開き直り+逆切れ」、「賄賂」の三手段しかない。最も有効な「賄賂」を駆使すれば、おそらくは乗船可能だろうが、階段が外されるなど、船内へ入り込む手段がすでに断たれているとすると、交渉の場にすらつけない。乗船できなかった場合、どうすればいいのだろうか。日本円は1500円しかない。すでに金曜日の午後4時、銀行も向こう二日間営業していない。というよりも、伏木駅から港までタクシーを使うとすれば、その1500円すらあやしくなる。
 ええい、ままよ。伏木駅で飛び降り、タクシーに飛び乗る。港に着いたのは16時丁度。船に駆け込み・・・。その後は気が抜けるほど簡単だった。小言の一つも言われず、出国手続きを済まし、乗客が少ないからか、四人部屋の四等車のところを、トイレ・シャワー付きの二人部屋を一人で占拠できることに。それでも用心深く貴重品の入ったかばんを、富山駅前で買ったチェーンでベッドと固定して、シャワーで汗と気疲れを洗い流し、ベッドに倒れこむ。
| 勝 韮娃鞠10月〜 :ウラジオストック | comments(1) | trackbacks(0) | posted by ハトリ
后檻院.ルギスと馬 22:42
 キルギス滞在記です。まぁまぁ読めるかな。
続きを読む >>
| 旅行、滞在記 | comments(1) | trackbacks(0) | posted by ハトリ
供檻押.撻謄襯屮襯案記 (恋の終わり、夏の終わり) 22:05
 続き(完結編)です。
続きを読む >>
| 供 韮娃映5月〜’02年3月;サンクトペテルブルグ | comments(9) | trackbacks(0) | posted by ハトリ
| 1/3 | >>